2007年09月10日

報告会を開催しました!


4月末からアメリカ横断をしてきた
高江洲直己君の報告会。



小禄のearthrripにて開催されました。
http://www.earthtrip.jp/index.html

終わってからのご報告になってしまい、申し訳ありません…ガ-ン




会場には彼を知る大学生たちが続々と。


彼の好きなMr.Childrenの歌に合わせてのスライドショー。

一枚ごとに歓声が上がっていました。




スライド終了後は、earthtrip代表の中村圭一郎氏とのトーク。

大切なのは
何か特別なことをするのではなく
自分の本当にやりたいことに向かって
まず
一歩踏み出してみること。

そんな彼のメッセージは多くの友人たちの心に響いたことでしょう。  

2007年08月05日

人生とは旅であり、旅とは人生である (高江洲直己)

帰ってきました沖縄。
蒸し暑い空気と、熱々の仲間に迎えられて。

旅中、数々の地で自分の居場所を作ってきたと思う。
けれど本拠地はここ沖縄にあることを実感した。

家族・仲間・応援してくれたみんなへ、
ありがとう。







旅を経て、俺だけの北米大陸の地図ができたと思う。
地図を眺めるとき、みんなには見えないあの人の顔やあのストーリーが思い浮かぶか
ら。
そこは誰にもゆずれない確かな俺だけのオリジナルなんだ、きっと。

出逢ってくれた皆へ、
ありがとう。








今回の旅で「これを掴んだ!」という‘これ’はまだぼやけている。
けれど、日々体験し悩み考えたことは確かに俺の中に蓄積されている。
きっとこれから、自分の何気ない言動や考え方に‘これ’は表れてくるのだろう。

日々訪れる新しい出来事や景色へ、
ありがとう。









最後の地バンクーバーを発つ時は、とても寂しかった。
旅が終わることへの寂しさではない。
仲良くしてくれた人たちと離れることが寂しかった。

楽しかった分だけ寂しさの反動が返ってくるのなら、
俺はなんて幸せな時間を過ごしてきたのでしょう。




ありがとう、
ありがとう、ありがとう、
ありがとう、ありがとう、ありがとう、、、、


溢れ出てくる感謝の気持ちが止められない。


人間の行いは醜くても、
社会の波は無情でも、

世界はこんなにも素晴らしい。


それが約3ヶ月の旅をしてきた俺が言えること。









沖縄に帰ってきた今、
俺は旅が終わったなんて思ってはいない。
飛行機に乗っている時も次の目的地へ向かう感覚だった。


「人生とは旅であり、旅とは人生である」
とは中田英寿が引退時にブログで残した言葉。

そう、旅は続いている。
俺は日々オリジナルに向かって旅を続ける旅人でありたい。







今また始まる、「人生の旅 〜沖縄編〜」。  

2007年08月04日

直己、無事帰還!


4月末にアメリカ大陸横断の旅に出発した直己が
今日、無事に沖縄に帰ってきました!

一段とたくましく、そして真っ黒に日焼けしてました。



毎日心配だった、とお話されていたお母さんも『ほっ』。



出発時に新品だった靴はもうボロボロ。
きっとたくさん歩いたのでしょう。。



「旅が終わったという気がしない。
今からまた、始まりって感じ」と語ってくれました。




ウクレレを用意した直広。
歓迎の唄を披露!

あ、ウクレレはマイクだったのね…



近々、帰ってきた直己から報告がアップされますので
よろしくお願いします★
まずは、

おかえり〜!
ニコニコ  

2007年07月23日

メキシコのとある町で (高江洲直己)

はいさいこんにちわ。 ここはシアトルです。

西海岸に着き俺の旅も終盤です。



今日、旅で起こった事を報告しようと思い、
どの場所の出来事を書こうかと思い巡らしました。
そこで選んだ場所は、 ティファナというメキシコの町です。

アメリカとメキシコの国境近くにある町で、
サンディエゴから気軽に寄れる場所です。

今まで見たどの場所とも違うメキシコ。
濃い体験を求めて今までやってきたが、 ここでは向こうからやって来る。


たった5,6時間の滞在だったのに、
スリを目撃したし、 売春婦が路上にずらーって並んでいるのをみたし、
バスと車がぶつかっているのを見たし、
車イスのおばぁちゃんに「押してくれ」と頼まれて一緒に歩いたし、、、
いろんな事が起こった。


アメリカから来た俺が一番目に付くのが、貧しさ。
子連れの母親ホームレスや、ミサンガを売りに来る子ども。
ここはアメリカの国境沿いで、幾分はましな方なんだろうけど。

けどやりきれない。 世界にはこんな人たちがたくさん居るってわかってたけど。
それも俺が見た景色はまだ序の口だってわかってるけど。
俺にとっては衝撃でした。



10歳と6歳くらいの姉弟から1本のミサンガを買った。
それが彼らにとって良いことだとは思わない。
彼らがそれでお金を持ってこれるよう
になるから、大人たちはまた可愛い彼らに売りに行かせるんだと思うから。
でも俺は買った。 彼らと出会ったことを忘れたくないから。
このミサンガはある種「誓いのしるし」。
一人ではどうにもできない程、やるせない大きな社会の波の中で、俺はもがき続ける
んだという、誓いのしるし。

そしてもうひとつ、彼らのことを忘れないために写真を撮った。
その後、お姉ちゃんは「1ドル!」と言って手を伸ばしてきた。
ん〜、さすが。そこらへんはシッカリしている、と妙に感心。


彼らと別れた後、一人ベンチに座り泣いてしまった。
お姉ちゃんの未来が、路上で見た売春婦と重なってしまって。
弟の未来が、スリをした男と重なってしまって。


やるせなかった。

白人や日本人の観光客に寄り、「買ってくれ」とせがむ度に、
首を振られ、うざがられる彼ら。 どういう心境で育っていくのだろう。
自分はうざい存在だと思ってしまうんじゃないだろうか。
そうだとしたらそれは何て悲しいこと。

俺が彼らと会う前に、二人が一緒に遊んで笑っているのを思い出した。
そして、二人が何気ないことで笑える子どものままでいてくれたら、
と思ってしまった。


けれど、ある程度泣いた後で考えを変える。
俺が涙を流した瞬間は彼らは貧しくなるんだと思えたから。
そもそも、二人で笑っていた彼らは自分たちのことを惨めだと思っているのだろうか。
裕福な暮らしの人が自分たちの生活と比べて、
「彼らは貧しくてかわいそう」だと思ったその瞬間から
彼らは貧しくなるんじゃないんだろうか。



答えのない禅問答を繰り返し、 俺はまだまだ自分を壊し続ける。  

2007年07月12日

ロサンゼルスから「お久しぶりです」(高江洲直己)

ご無沙汰してます。
高江洲直己です。



だいぶブログをアップできないでいました。
なかなか日本語をうてるパソコンが見つからなかったのです。
見ると、ニューヨーク出発時以来、アップされてませんね。
心配してくださった方々、すみません。
無事に過ごしてます。





しかも今はもうロサンゼルスまで来て、
横断は完了してしまいました☆
東と西の間のこの空白の時間は、
一通のレポートで報告できないくらい濃い時間でした。



家族や仲間、友人がいない環境で約3ヶ月の時間を過ごすことは
とても貴重な時間です。


自分を壊し、また創り上げる作業は、
とても貴重な時間です。






そうそう、この間ふとこんなことを思いました。



沖縄では普通に暮らして、普通に時間が流れてました。
世界にはそれと同じように、普通の日常が普通に流れてる場所がたくさんあるんで
す。

そんな当たり前のことを目の当たりにした時、
なんだか幸せなかんじがしました。


知識として「世界」は広いということを知っていても、
人一人が一度に見れる「世界」なんてたかが知れてますよね。
僕が沖縄に居て暮らしていたときはそうでした。
僕の「世界」は沖縄県だけでした。

けれど実際旅をして、いろんな所を見るだけで、
僕の中の「世界」は確実に広がり、広がった分だけ前にも増して心に余裕が生まれた
んです。



不思議ですね。
レポートを書けないでいる間、様々な出来事が起こり、
様々な人に出会いました。
伝えたい事はたくさんある中で、
最初に伝えようとしたのはほんの些細なことでした。


きっと人間は些細な出来事に感動できる動物なのでしょう。







来週にはまたブログをアップできると思います。
その時には何か旅の出来事を報告しますね。

ではまた。  

2007年05月21日

だから旅は面白い (高江洲直己)

5月18日(金)にペンシルバニア州からニューヨークに帰って来ました。

今まで叔父の家を拠点に動いてたもんだから、
今回が初めての一人旅。
今さらかとも思うけど。
週明けには叔父の家を離れ、ずっと一人です。




いやぁ一人旅はやっぱり面白い。
毎日いろんな事が起こる。





ペンシルバニア州に行ったのは、
ランカスターという地を訪ね、アーミッシュの人たちと会ってくるため。


苦労しました。
神様はなかなか簡単には会わせてはくれない。

まずフィラデルフィアという大きな町のビジターセンターでランカスターへの行き方
を聞く。
「公共の交通機関は通ってない。ツアーを使いなさい。」
という返事。
念のためグレイハウンドバスでランカスター行きがあるか聞いてみると、
バスは通っているとのこと。



ランカスター。
右も左もわからず、さてどうしようと困り果てる。
道行く人にビジターセンターをたずねると、
「歩いては行けない。バスを使いな。」
という返事。
ダウンタウンの方向だけ聞いて歩いていると30分ほどで発見。



そこでアーミッシュカントリーへの行き方をたずねると難しそうな顔。
そしてタクシーとアムトラック(アメリカ全土を通る長距離電車)を紹介してもらっ
た。
市内のローカルバスのターミナルを発見したから、試しに聞いてみると、
「13番のバスに乗りな」だって。
2ドルほどで行けました。



なんとかなるものです。







アーミッシュの人とはあまり話せなかったけど、
のどかな暮らしぶりを見てほのぼのしました。



皆、自給自足をしてます。
平日だったにも関わらず、皆気ままに家族と流れる時を味わっていました。


娯楽施設はなく、
自然と、家族や近隣の人との触れ合う時間は長くなる。
幸せそうでした。


ただっ広い牧草地で、草をむしゃむしゃしてる馬や牛。
見慣れぬ日本人にアーミッシュの人と同じように不思議そうな目で俺を見つめ返しま
す。
彼らもこの広い台地で育てられれば気持ち良いのかもしれない。


男の子も女の子も混じって広場で野球をしている。
それを見守る中学生くらいの年のお姉さん。



平和な時間が流れる。



観光地化などせず、
アーミッシュの人たちのこの時間、この土地がずっと続いて欲しい。
そう願う俺は外からの訪問者です。
そんな矛盾を抱えながら。。。



ここでは俺はどこまでいってもビジターなんです。
彼らと仲間になりたかったな。
訪問者としてではなく、仲間として彼らと接したかった。


寂しくなった俺は沖縄を思い出す。
あなた達に大切な仲間がいるように、
俺にも沖縄に大切な仲間がいるんですね。
お互い仲間の大切さを忘れずに生きていきましょうね。


少し、沖縄に帰りたくもなりました。





フィラデルフィアではユースホステルに泊まり、
ある晩はホステル宿泊者5人と一杯飲みに行きました。
日本人の俺と、中国人、スペイン人、スロバキア人、ブラジル人。
皆が違う国の人。
なんてインターナショナル。
旅の醍醐味の一つでしょう。






ランカスターでは泊まるところを探していると、
とある場所を紹介してもらった。
行ってみると、教会のホームレスの人用の施設!!

無料ってことで喜んで宿泊。

ベッドにブレイクファスト付き。
B&Bじゃないか!


友達も何人かできた。
特にバーバラという奴と仲良くなった。
俺の目の前を通る時は冗談で、手を合わせてお辞儀をしてくる気さくな奴です。
「Come on, Men」が飛び交う黒人の中に紛れ、ニコニコしてました。
教会では町の人やホームレスの同僚と一緒に
「ハレルヤ〜♪」と手を上げて歌いました。



宿泊するときいろいろ聞かれるんだけど、
俺は生まれてこの方
「ホームレス暦はどれくらい?」
「ホームレスになった理由は?」
なんて聞かれたことはありません。

一応、叔父の家を離れてきたので、
「は〜えぇと、ホームレス暦は1週間くらいで、
理由は、、、いろんな世界を見たいと家を飛び出してきたもんですから〜、
だからですかねぇ。」

って答えました。



ここでの1泊はとても良い経験だった。
後で叔父に聞くと、
このような施設は危険な所もあるそうなのでこれからは気をつけるとしよう。




他にもいろいろあった。
たかが4,5日で濃い出来事が次から次へと起こる旅。
これから先が、楽しみであり怖くもある。
だから良い。
だから旅は面白い。




5月20日(日) 最終日の叔父の家にて  

2007年05月03日

父想う (高江洲直己)

今日、5月1日は俺の父さんの誕生日。

今年は初めての沖縄に居ずしての父親デイ。
ブルックリン橋を眺めながら見えたビルの電光掲示板の日付を見て、
いろいろ考えてみた。




小さい頃、
父さんの旅の話を聞き(俺の父さんは若い頃世界いろんな所を回っています)、
行ったことのない世界を想像して楽しんでた。
あの頃は「行きたいけど俺には無理だな」的なかんじだったけど、
やっぱりやっちゃったね、旅♪




普段、口にも態度にも出さないけど、
やっぱり感謝している。
だから今日はこの場をかりて、
父さんに対して想うことをいろいろ書いちゃう。




思えば、俺が人生で最初に影響を受けた人は父さんかもしれない。
衛藤先生でもなく、文昭さんでもなく、
父さんです。
俺の根底にある人格は確かにこの人から創られたと思うよ。
俺の性格を考えるとある程度は父さんの人格も想像できるかも?


Originalという言葉を辞書でひくと「起源」とも出てくる。
ならば俺の起源は父さんにあるだろう。
俺の中に確かに刻まれている高江洲康彰(父さんの名前ね)を大切にしながら、
少しずつ器を広げていきます。




前に、父さんが救急車に運ばれるという事があった。
(とある病気の発作だったんだけど、今元気なのでご心配なく。)
救急隊員が来て応急処置をし、発作も落ち着き、
タンカで運ばれるとき、俺を追うあの目が忘れられない。
合わない焦点で俺を見つめてた。

あの時父さんは何を思っていたのかな。
もうろうとする意識なのに、俺を探してくれてる姿に心打たれたんだ。

俺はただ「大丈夫だよ」って微笑み返すことしかできなかったよ。

けれど俺はあの姿から、絶対にこの人に愛されてるって感じたんだよ。




「あなたに会えて本当に良かった」

今文を書きながら聞いている音楽は、はからずして「言葉にできない」。
なんでこんな時に、じんわりくる音楽NO1ソングが流れてくる?

あなたに息子として会えて本当に良かった。




今回の旅、初の涙が今日です。  

2007年04月28日

イマジン (高江洲直己)


NY生活にも慣れてきた今日この頃。


初日に散歩してワシントンパークへ行った時、
黒人のおっちゃんに、
「Welcome to NY! Have a nice day☆」
って言われたことを思い出す。
お客さんオーラ丸出しだったのかな。

地下鉄も街の地理もわかってきた今は、
今度は自分が観光客に、
「Welcome to NY!」
と言う機会を狙っている。




昨日は、セントラルパークというでっかい公園に行った。
都会のど真ん中にある憩いの場。
NYで一番好きな場所かも。


セントラルパークに行ったのは、
ダコダハウスに行くついでに寄ってみようと思ったから。

ダコタハウス・・・
かつてジョンレノンが住んでいて、
射殺されたアパート。
NYに来たときは訪れてみようと思っていた。



アパートを前に、射殺現場を前にしたときの心境は、
「無・・・」



感慨深い気持ちになるのかと想像していたから、
ちょっとショック。


これが桜井さん(俺は大のミスチル好きです)だったら、特別な気持ちになっただろ
うか。
いや、そうではない気がする。


だってね、ジョンレノンが射殺された場所といえど
あまりにも普通の景色なんだもの。

普通のストリートに建っている普通のアパート。
普通に人が通り、普通にガードマンが立っている。


スーパースターも
同じ光景を見ながら同じ日常を生きていたんだね。
世界中の人が彼の存在を知っていても、
彼もいち人間。
俺らと変わらない。


ジョンレノンが、
遠くなく近い人と知ったとき
無を感じた自分にそっと胸をなでおろすことができた。




セントラルパーク内には、
ジョンレノンの死を憂いたイマジン碑が設置されている。
今も花がたむけられ、多くの人が訪れている。
もう彼が亡くなってから27年。
27年間誰も彼を忘れることはなかった。

今度は彼の偉大さを目の当たり。


イマジン碑を前にした皆は何をつぶやいているのだろう。
リスニング力がまだままならない俺は聞き取ることができなかった。

俺たちがイマジン碑の前で語らなければいけないのは、
彼の名ではなく、彼の功績でもなく、
きっと彼のメッセージなんだと思う。


彼が想像した世界。
天国もなく地獄もなく、誰の所有もない。
世界を皆でシェアしている。


彼のメッセージをいつまでもかみしめる事に彼の意思はあるのではないのかな。
そんなことを想像する。



そして俺がイマジン碑の前で聞いている曲はイマジンではなく、季節はずれの
「Happy X'mas」
本来、年の最後に聞くべきこの曲の中にあったフレーズは、

This is X'mas. What have you done?
(今日はクリスマス。君は何を成したのかな?)


今年のクリスマスには胸を張ってこの問いに答えきれるようになりたいな。  

2007年04月25日

ここはアメリカ (高江洲直己)

I'm in NY!!!!


直己です。


来ました、ここはニューヨークですよ!!


見送りに着てくれた方々、
ありがとうございます。
ひとまず、アメリカの土を踏むことはできました☆



いやぁニューヨークは遠いですな。
丸一日かけてやってきました。

心配された入国審査も無事通り抜け、ちゃんと着けました。




アメリカ。。。。
何もかもが日本とは違う土地。
ちょっぴり寂しくもなったけれども、
ふと空を見上げると明るい月が。

月はどこへ行っても月です。
やっぱり同じ星に居るんだと知ってちょっと安心☆


♪泣きながら月明かり ほら聞こえるよ
    この歌を君にあげる 君に会いたいなぁ♪

♪ララ ライライライ 月が笑えば
    ララ ライライライ 星も流れる
 ララ ライライライ 君が泣くなら
    ララ 僕は君のそばでうたうよ♪

出発前に奈央子さんが唄ってくれた
まーちゃんの歌が頭の中に流れてきました。







出国当日。
テンションが上がっていなかったのは、やっぱりわくわくより不安が大きかったから
だろうか。

不安。
危険や身を案じての不安ではなかったと思う。
意を決して飛び出したのに、
中身がスカスカの旅になってしまわないだろうか怖がっていたのだと思う。

温室育ちの自分から脱皮するために出てきた。
けど、温室育ちが故に「甘え」が今にも顔を出しそうで。。。



修行です。
でも楽しみます♪

ぽれぽれに、
自分のペースで。
そう言い聞かせ、歩いて行きます。



今はNYに住んでいるおじさんの所でお世話になり、
情報収集や、生活のノウハウ(バスの乗り方や標識の意味などアメリカの常識)に慣
れるため過ごすことにしよう。

俺のNY行きを今か今かと何年も前から待っていてくれた叔父。
今は叔父との時間の空白を埋める時。
本格的な旅の始まりはもう少し後になりそうだ。  

2007年04月21日

はじめまして。

はじめまして。
沖縄国際大学の高江洲直己です。
今年いっぱいは休学中ですが。。。

私はこれまで、いのちの学校で活動し、
様々な企画に携わってきました。


そんな私は4月24日からアメリカ横断の旅に出かけます。
旅日記をアメリカから週1ペースでブログにアップさせていただきますので、
皆さんよろしくお願いします。






さてさて、
何でまたアメリカ横断の旅に出かけようと思ったのか。
第一回目のブログ投稿はそこらへんを書いていきたいと思います。




私はこれまでいのちの学校で様々なことを学ばせてもらいました。

素敵な大人・先輩方と出会い、刺激され、自分の成長を促してくれました。


「感謝の心を大切に」
「人のご縁を大切に」
「良い言葉を使おう」
「自分も気持ち良い、相手も気持ち良い自他満足を♪」


どれも素晴らしい教訓。実践します!

けれど、これらの事を一番腑に落ちて実行していうるのは
他でもない教えてくれた本人たち。


彼らは本や講演会、人に教えてもらって学んだのではない。
自分の体験を通して学んでいるんだよね。
俺も体験を通して学びたい。




そして、そんな素敵な先輩たちに憧れるのはもう終わろう。

俺もそっちに行こう。

大きくなろう。


そう思いました。






今回の旅のテーマは
「TO BE ORIGINAL」

オリジナルな人になりたい。


旅中に起こる様々な出来事。
そこから湧く感情を否定せずに観察する。

自分を知って、
自分を認め、
自分に成る。
オリジナルになる。




もちろん不安もある。
スカスカな旅になるのではないか。
弱音を吐き、途中で挫折しないか。


けれどようやく、不安も認められるようになった。
不安も抱きかかえ、
それさえも自然な感情なのだと受け入れて、
今はただ旅後の自分をイメージし、
独りわくわくしています。