2006年09月13日

高木善之さんとの出逢い (今津新之助)

こんにちは。
今津新之助です。

9月9日、とても久しぶりに
ブログを更新しました。

それを読んでくださった方、
コメントしてくださった方、
どうもありがとうございます。

そして昨日、
大好きな方から
「新之助くん、あなたの文章いいよ」
「もっといっぱい文章書いたらいいよ」
と言っていただけたのだけど、
それはそれは嬉しかった。

そして、今日ブログを見ると、
コメントをしてくれている人がいる。
その人たちの顔が思い浮かんだ。
嬉しい。あ~嬉しい。
香織、晴美さん、えりかさん、
とても嬉しいです。ありがとう。

9月9日にも書いたが、
僕は書くことが好きだ。
書くことは僕の心を満たしてくれる。
そんな僕自身が楽しみながらやれることで、
誰かが喜んでくれているという奇跡。

ダライラマ14世は
次のように言ったらしい。

--------------------------------
まず自分のために生きなさい。
その「自分のため」が、「誰かのため」に向かうとき、
はじめてあなたはあなたの人生を生きることができる。
--------------------------------

言い換えてみよう。
--------------------------------
まず自分の心を満たすことを見つけなさい。
そしてそのことが自分以外の誰かの心を満たすとき、
はじめてあなたはあなたの人生を生きることができる。
--------------------------------

僕にとって、
誰かが喜んでくれることは
何よりも嬉しいこと。
そして、それが
文章によるものであれば、
なおさらなのかもしれない。

だから、
読んでくださって、
喜んでくださって、
嬉しいのです。
ありがとうございます。



さてさて、
前置きが長くなってしまった。

今週末の土曜日、
高木善之さんの講演会を
いのちの学校で主催させていただく。
そこで、僕と高木さんとの出逢いについて
ここで少し紹介したいと思う。


●「いのちの学校」のはじまり

「いのちの学校」をはじめたのは、
座喜味優という仲間の影響が大きい。

彼は今、いのちの学校の中で
教育プロジェクトのリーダーとして活動しながら、
HC琉球という
ハンドボール実業団チームを
立ち上げようとしている。

僕は、彼との出逢いによって蘇生し、
自分の志を見つめるキッカケを得た。

優が一人でも来てくれるのだったら、
寺子屋をやる価値があると思えた。
そして、4月8日に、寺子屋を開校することを決める。

そのとき身近にいた10人に声をかけ、
実際に来てくれたのが8人。
そうして、実際にやってみて確信する。
「やっぱりこれがやりたいのだ」。


●いのちの研修

そのときに、僕の中にあった不安要素。
それは健康。
身体と心のバランス。

そうした不安は
相手に伝わってしまう。
たとえ、無意識で
気づかなかったとしても、
伝わっている。
そのことを感じ、
自分の身体のバランスを
とることがいかに重要なことかを
改めて見つめることになる。

そうして、佐賀の矢山クリニックに
長期間の研修に行くことを決める。

それは、いのちの研修。
自分のいのちを見つめながら、
「いのちにとって大切なこと」を見つめる時間。
そんな貴重な時間を、
自分に与えることを決めた。

きっと今しかない。
そう思った僕は、急ピッチで
佐賀に向かう準備を整えた。
そして、
5月16日から6月22日までの
多くの時間を
矢山クリニックで過ごした。

そして、そこでの出逢いによって、
自分自身の予想を遥かに超えて、
新たなステージへと
導かれていくことになる。


●食べることは生きること

矢山クリニックは、
僕にとって寺子屋だった。

僕たちは、
幸せに生きていく上で大切なことを
どれだけ学校で学んできただろうか。

食べることは生きること。
最初の数週間、
矢山クリニックの哲学や活動を知りたくて、
そこにある本を手当たり次第に
読み漁っていった。
久しぶりに与えられたインプットの時間。
この時間を大切に使いたかった。

そこには、
知らない世界があった。

食べることは生きること。
食の大切さ。
食を支える農業の大切さ。
そして、今の食環境について。

あらためて
自分の今の暮らし方を省みた。
そして、知れば知るほど、
自分自身が知らなかったことに
大いに気づかされた。

日本人の伝統食はすごい。

それが、今や、
GHQ政策によって、
アメリカナイズされた食生活が広がり、
逆に日本の伝統が省みられなくなっている。
少なくとも僕はそうだった。

食の力を取り戻そう。
食が身体をつくる。
食の原点となる農業を大切にしよう。
エネルギーの高い野菜を育てよう。
できるだけ自然な農業を広げよう。

そして6月9日。
佐賀で30歳を迎える。
30歳。一つの節目の年。
可能性で評価された20代は終わった。

そしてちょうどその日、
佐賀の近くの久留米で
船越康弘さんの講演会がある
というニュースを得る。

クリニックを抜け出して参加。
今年2月に沖縄で参加したときの
100倍も1000倍もの勢いで、
船越さんのメッセージが入ってきた。

いのちの尊さ。
いのちをいただくことに感謝する。
そうして頂戴したいのちを大切にして
自分自身のいのちを精一杯生きる。
人間中心の考え方ではなく、
自然に配慮した生き方をすること。

まさに、僕にとって、
最高の30代のスタートであり、
30代の方向性を示してくれたように感じた。


●高木さんとの出逢い

船越さんの講演会の翌日、
関西に移動。

関西に行くと、
僕は必ずと言っていいほど、
梅田の紀伊国屋書店に立ち寄る。

そこでぱっと目に入ってきた。
赤い表紙の本。
それが、高木善之さんの「生きる意味」。

確かその週のどこかで、
矢山クリニックで、
高木善之さんのDVDを見ていた。

以前から書籍を目にしたり、
お名前を聞いたりしていたが、
なぜか心が動かなかった。

そのときには、
食に関するインプットがひと段落し、
環境や心のあり方に関するインプットを
求めるようになっていた。
相変わらず、僕は新たな出逢いを求めて、
クリニックにある本を読み漁っていた。

そして、毎週1度開催される
DVD鑑賞会を楽しみにしていた。

高木さんのDVD。
多くの人を魅了するオーケストラのように、
一人ひとりの多様性が調和した
そんな世界が広がればいい、そんな感想をもった。
しかし正直言うと、まだ、環境については、
それほど真剣に捉えきれずにいた。

6月15日。

僕は、
佐賀で先行上映されていた
「佐賀のがばいばあちゃん」を
午後から観に行く予定をたて、
その日の朝から、
大阪で購入した「生きる意味」を
読み始めていた。

ページをめくっていると、
どこかから声が聞こえる。
「今日、高木善之さんがクリニックに来るよ」

え!
この頃からシンクロが頻繁に起こっていた。
きっとこのタイミングで聞かなかったら、
映画に行ってしまっていた。
本を読み始めたタイミングで、
お逢いできるなんて。


●生きる意味

講演のテーマは、転生と地球。
大阪大学を卒業し松下電器の中枢で活躍。
エリート街道まっしぐらできた高木善之さんは、
臨死体験を経て、世界観・人生観を大きく変える。

なぜ生きているのか。
なぜ生かされているのか。

高木善之さんは、
そうした真剣な問いかけから、
自らあらゆるものを手放し、
NGO地球村を設立し、
自分たちができることを
提言することを継続してきている。

地球、日本、先進国、後進国。
人間、自然、文明、野蛮。
環境、貧困、農業、漁業、林業。
高木さんのメッセージから、
今本当にやるべきことは何か、
そんなことを問い直す機会をもらった。

高木さんは科学者だ。
だからだろう。
客観的なデータに基づき、
厳然たる事実が示されていく。
自分自身の無知さに気づく。
そして、知る必要があったことに気づく。

僕たちは、
地球という星の一部に暮らし、
日本という島国の一部に暮らし、
沖縄という島国の一部で暮らしている。

僕たちが暮らしを営んでいる
地球・日本・沖縄は、
今どんな状況にあるのかということ。

そして、
この時代に日本に生まれ、
沖縄で暮らしを営んでいる僕たちに
今できることは何か、ということ。

厳然たる事実を突きつけられ、
本当に良かったと思う。
知ることによって、自分の生き方を
さらに豊かに変えるキッカケをもらった。

その日の夕方、
高木さんの講演会終了直後、
仲間に電話をし、
「スイッチ」という講演会の企画を
やりたいという想いを伝えた。
人生にスイッチを入れる機会をつくりたい。

僕の人生は、出逢いによって変わった。
人生は出逢いによって導かれていくように思う。
人生に不必要なな出逢いなど一つとしてない。

あのときは偶然に見えた
あの出逢いがなければ、
今の自分は存在し得ない。
そんな出逢いの不思議を
僕たちは生きている。

ただ、
無数にある出逢いの中で、
今の自分をカタチづくるのに
大きな影響を与えた出逢い。

僕にとって、
そうした人生を変えた出逢いの一つが、
高木善之さんとの出逢いだった。
僕に現実に向き合うように導いてくれた。

知らないことを知ることで、
動くためのエネルギーが生まれることがある。

僕自身が、高木さんとの出逢いによって、
新たな現実を知り、一歩動き始めたように。

今回の高木善之さん講演会を
現実を知るキッカケにしてもらいたい。
一歩踏み出すエネルギーを得てもらいたい。

都合つく方、ぜひ来てください。
そして、一緒に動いていきましょう。
9月16日11時から13時まで、
会場は琉球大学です。



今日も長くなりました。
最後まで読んでくださって、
ありがとうございます。


●追伸:
今日13日は、
長嶺中学校プロジェクトの第1回目の授業です。
県内の6名の起業家の方が、
6クラスで同時に講演をします。
起業家と中学生をつなぐのが、
大学生をはじめとした20代のファシリテーターです。

いのちの学校メンバー、
新たな可能性にチャレンジしています。
応援のほど、よろしくお願いいたします。



今津新之助
2006.9.13.朝  

Posted by 新之助 at 04:19Comments(2)TrackBack(0)

2006年09月12日

地球村 高木 善之氏 が語るIN琉大

今、あなたの家のゴミ箱には何が入っていますか?


地球村の高木善之氏が今、「もったいない」を語る。

9月16日琉球大学にてネットワーク地球村代表の高木 善之氏の講演会を開きます。


詳細

日時:9月16日  
10:30会場
11:00開演

13:00終了(たまにはお腹をすかして講演会を聞いてみませんか?)

会場:琉球大学内 学生会館3F(中央生協前 うりずん上)

費用: 学生¥1300  一般¥1800 (前売りは300円引きにて扱っています。)

地図はこちら

本当に大切な話


もう、関係ないなんていっていられない…
  

Posted by 新之助 at 02:24Comments(1)TrackBack(0)イベント告知

2006年09月09日

最近の動向 (今津新之助)

久しぶりに今津です。
沖縄を離れて、もう2週間が過ぎようとしています。

ここ最近の僕の動向をまとめて報告します。
かなり長文になりますが、ご容赦を。


●8月30日 「アクシデントから始まる」

那覇空港から朝一便で羽田空港へ。
3人で行く予定だったが、
仲間が体調不良のため、急遽2人で行くことに。
きっとこれも何か意味があることなのだろうと思いながら、
ムリしがちな仲間の顔を思い浮かべ、ゆっくり休んでよ、と祈る。

●8月30日 「編集長との出逢い」

東京到着後、すぐに神保町へ。
沖縄でとてもお世話になっている
マッサージ師「みっちゃん」の紹介で
とある出版会社の編集長とお逢いすることに。

とてもステキな方で、
想像以上に話が盛り上がる。
自然体のとてもステキな浜崎慶治さんという方。
とても沖縄にご縁のある方。

実は、僕は文章を書くのが好きだ。
今年から、表現活動を本格的にやろうと思い、
その表現活動の一つが「いのちの学校」である。

そして、何らかの文章を書くこと、
あるいはインタビュー記事を書くことによって、
一人でも多くの人にいい影響を与えることができれば、
と考えていたし、今もそのことに対する想いが強い。

だからだろうか。
自然な流れの中で、与えられたご縁。
浜崎さんのお力を貸していただき、
僕のはじめての本を世に出すことが現実味を増した。
すばらしい出逢いに感謝感謝。

●8月30日 「エティック事務局長と、いのち輝く組織づくりについて」

その後、沖縄から一緒に来た直広と
ハチ公前で待ち合わせ、若手起業家輩出機関「エティック」へ。
新事務所にて、事務局長の鈴木敦子さんに時間をとってもらう。

エティックとの出逢いは、5年前。
ちょうどこの時期だったように思う。

専門学校の先進的カリキュラムをつくる
という大役を担わせていただいた当時の僕にとって、
エティックとの出逢いは衝撃的だった。

「俺のやろうとしていることを、すでにやっている」
悔しいという思いが少し、そして、それを大きく上回る感動。

それから数年、
僕は、足しげく、エティックに通い、
そのエッセンスを学びとろうとした。

エティックとの出逢いがなければ、
今の僕はないと確実に言える。

そして、今回鈴木さんにお逢いしたかったのは、
人間が輝く組織づくりを行っている先達だと思ったから。

エティックが継続して
若手起業家あるいは起業家的人材を輩出しているのは、
何よりも、エティックのメンバーが起業家的だから。

いのちの学校が
本当に「いのち」を輝かせる場であるならば、
何よりも、僕自身が、そしてメンバー自身が、
真にいのち輝く生き方・働き方をしているかどうかが
問われると思っている。

今回、改めてお話を聞かせていただき、
自分の思いや考えを再確認することができたように思う。

●8月30日 「再会、そして新たな出逢いと交流」

濃密な一日は、まだ夕暮れ前。
渋谷を16時過ぎに出発し、次の目的地へ。

鈴木惣士郎とゴルゴのもとへ。
彼らは、僕と同世代で、新しい学校をつくろうとしている同志だ。

今回東京に行くにあたって、
久しぶりに、「交流会」というのか、
ご縁が紡がれる場をつくりたいと思った。

僕は、チームフェチなところがある。
そして、仲間をつくるのが好きで、
みんながつながって
どんどん仲間になっていけばいいと思っている。

そして、沖縄で「いのちの学校」を始めるにあたって、
沖縄以外の地域との交流を生み出して、
各地域から沖縄へ、
そして、沖縄から各地域へ、
人が行きかい、情報が行きかい、
それぞれの価値を交換していけるような、
そんな環境を改めてつくっていこうと思ったのだ。

もちろん逢いたい人はたくさんいるのだけど、
ほんの数人に呼びかけをしたら、
何か志を共有できるような、
そんなステキなメンバーが30人以上も集まった。

20人ぐらい、多くても30人でいっぱいになる部屋で、
自然食にこだわる東京の友人「鈴木さん」がシェフを務めてくれ、
長い自己紹介タイムがはじまった。

奥多摩でエコビレッジを
はじめようとしている柴ちゃん、

小豆島のてんつくまんや奥多摩の柴ちゃんと
一緒に活動しているたっちゃん、

いのちの学校のロゴマークもつくってくれた
アーティスト秋山ゆう子、

生きとし生けるもの全てに奉げる音楽を生み出す
ピアニストSOSO、

僕が沖縄に移り住んだ当初から一緒に活動してきて、
現在東京で次のステップを踏み出した久保ちゃん、

その久保ちゃんと一緒に
沖縄で開催してきたセミナーで出逢い、
現在は東京で活躍中のあずさや香織、

そして、僕の旧くからの大切な仲間、
沖縄でご縁があった仲間、
その仲間のご縁で集った仲間、
惣士郎やゴルゴの「愉快村」の仲間、

みんなですばらしい場を共有しあった。

「いのちの学校」を囲む会、
という名目の集まりだったので、
一通りみんなの長い自己紹介が終わった
夜の10時過ぎぐらいから、
いのちの学校について話すことになった。

のだけど、僕はうまく話せなかった。
言葉が出てこない。

おそらく、30分ぐらいだったのだろうか。
言葉が出ない僕に対して、
「伝わってきたよ」とフィードバックをくれたことに感謝。

僕は沖縄と出逢えてよかった。
沖縄で暮らす僕にとって、
何か少しでも沖縄のお役に立ちたい。
そんな想いが原点にあって、
今回の活動ははじまっている。

学校をつくりたい。
それも確かにあるのかもしれない。
いや、確かにある。
今新しい学び舎をつくり、
いのちの尊さや悦びを感じられる
仲間を増やし、
僕自身がそう感じていきたい。
確かにそう思っている。

でもそれよりも、
僕が暮らす
愛する沖縄のために、
何ができるのだろうか。

そして、
僕が生まれた
愛する日本のために、
何ができるのだろうか。

僕は沖縄と出逢い、
人間として生きる上で大切なものに
少しずつだけど気づき始めた。
少しでも豊かに生きられるようになった。

日本に生きる人に、
沖縄と出逢ってもらいたい。
そんな想いが強くあるのだと思う。

それが僕のアイデンティティ。
大阪から移住し、沖縄に暮らし、
沖縄を愛し、日本を愛する
僕のアイデンティティ。

終電までほとんどのメンバーが残って語り合った。
言葉にはしにくいあたたかさを僕は感じた。

これまでで最高に(最低に?)
いのちの学校を言葉に現せなかったのだけど、
「それでもいいのだ」と少し感じることができた。
そうして、長い一日は終わり、夜は更けていった。



ふと気づけば、
8月30日のことを表現するだけで、
随分時間が経っていた。

ここから、今日9月9日までは、ざっと進もう。


●8月31日 「東京にいる同志との再会」

2泊3日のCPギャザリングに参加。

これは、経済産業省が主催、
エティックが企画運営している
「チャレンジプロデューサー創成プロジェクト」の集まり。

地域から若手チャレンジャーを
生み出す取り組みをしている若手チャレンジャーが集まった。

僕たちは、ある意味、沖縄代表。
このプロジェクトに関わることによって、
沖縄の可能性を、日本全国に発信していくつもりだ。

昼ごはんから、沖縄出身で、
現在東京で活動している「あーりー」と合流。
時間の許す限り、急遽、ギャザリング研修に参加してもらうことに。

話は変わるが、
こうやって、沖縄出身で、
志もって東京や他地域で踏ん張っている仲間と逢うと、
とても嬉しくなる。
そして、距離が離れているからこそ、
一緒に何か新しい価値を生み出せるのではないかと感じるのだ。

アーリーとの出逢いは、5年前。
大前研一氏の主宰する政策学校「一新塾」をご縁に出逢った。
彼の志は、教育にある。

「よそ者、ばか者、若者」
地域を変えていく人間を指していわれる言葉だが、
僕はやはり、沖縄出身の人間こそ、
沖縄の可能性をさらに豊かに引き出し
それを広げていけるのではないか、そう思っている。


●8月31日~9月1日 「全国の熱きチャレンジャーたち」

さて、日本中から集まった志ある熱き仲間たち。
言うまでもなく、すばらしい出逢いが生まれ、繋がりが生まれた。

いろんな出逢いがある中で、
僕はやはり、自分の方向性を意識せざるを得なかった。

僕が興味を抱くのは、
島根や高知といういわゆる過疎地で、
日本の原風景を守っていくために
地域と若者をつなげようとしている若いチャレンジャーだった。
あるいは、循環型社会の構築を目指して、
活動をしているシンクタンクだったり。


日本の原風景。
僕は沖縄に光と闇を感じている。

光、それは日本の原風景。
これからの世界に必要とされている沖縄の可能性。
和をもって尊しという精神性。
目に見えないものに価値をおくことができる文化。

闇、それは深い依存構造。
米軍基地によって保たれる日本の依存構造。
経済的な依存、精神的な依存。

しかし、ゲド戦記ではないが、
光があるから、また闇が存在している。
そして、闇が光と統合されたとき、
その闇は大きな光となり輝きだす。

うまくいえないのだけど、僕はそう信じている。

そして、
自分の真実に向かってのチャレンジを、
自分自身がしているのかどうか、
そこが今試されているのだと思う。

そんないろんな気づきを得ながら、
3日間の研修の途中(2日目の夕方)で、
僕は直広に後を任せ、
次の目的地・京都へと向かった。


●9月1日 「心の友」

京都に着いたのは、夜の11時半過ぎ。
駅まで、きむが迎えに来てくれる。

彼は、和こころシェアリングを主宰している
僕にとって気のおけない友達。

昨年の5月、出雲ではじめて出逢ってから、
僕は彼と深いご縁を感じ続けている。

それはまるで、僕の心を映してくれる鏡のように。
あるがままの僕でいることができる。

京都で新しい活動をはじめる、きむと彼女。
夜2時過ぎまで近況を話し合い、彼らの家で休ませてもらう。


●9月2日~3日 「心の奥底での願いを実現するために」

ぐっすり休み、京都の北部「修学院」に移動。
赤木広紀さんたちが主宰する「願望実現セミナー」に参加するためだ。
講師は、NLPラーニングの山崎啓支さん。

自分とは何者か。人生とは何か。
ホントの自分を生きるためには、どうしたらいいのか。

僕はいのち輝かせて生きたかった。
そして、今もそう願っている。

NLPとは「脳の取扱説明書」。
意識と比較して圧倒的なパワーを持つ
無意識に振り回されず、
いかに無意識を乗りこなして生きるか。

僕は、自分の中にある抑圧された感情の存在を知っている。
存在を知っているが、それを解放することができずにいる。

抑圧された感情が、
現実への解釈を歪ませ、
在るがままの自分を生きることを許さない。

在るがままの自分を認め、
無意識に眠っている
自分の本来の欲求に気づき、
それを意識的に生きるとき、
それぞれのいのちは
さらに自然に個性的に
大きく輝きだすのではないだろうか。

僕は、そのことを身をもって感じることによって、
沖縄でこのエッセンスを共有していくつもりでいる。


●9月4日~9日 「新しい医療現場」

そして、4日からは、再び佐賀の矢山クリニックに来ている。

僕は、この矢山クリニックで、
身体の調子を整え、
自分を見つめながら、
「いのち」とは一体何で、
そして、「いのち」にとって本当に大切なのは何か、
それを見つめさせていただいている。

ここでの出逢いが、
僕を新しい方向に導いてくれている。

そして、
無意識的に自己犠牲を行ってしまう僕にとって、
自分を大切にしなさいというメッセージを受け取りやすい
とても大切な場所なのだ。

自分のいのちを重んじながら、
同様に他のいのちを重んじられる、
そんなバランスをとっていきたいと思うのだ。

いつか、矢山クリニックに、
「いのち」と向き合う仕事をされている、
もしくは今後されようと思っている方々を
お連れしたいと思っている。
僕にとって、このクリニックは、現代版寺子屋なのだ。


●9月10日 「熊本で同志との再会」

夕食後、クリニックを出発して、熊本に向かう予定。

僕が同世代で尊敬する映画監督、黒川裕一。
彼は、「政」や「寺子屋」を実践している人。
全てはつながっていることを感じさせる、
裕一さんの作品をいつか沖縄で自主上映したい。

そして、日本一若い熊本市長幸山さんの秘書を
務める仲間、濱本伸司。
軽やかで誠実な彼の動きが、
影で若き幸山市長を支えているのだと思う。

政(まつりごと)への関心。
11月にある沖縄県知事選挙。
僕にできることはないのだろうか。
愛する沖縄のために。
そして、愛する日本のために。


●9月10日11日 「田端代表は、沖縄の可能性を語った」

そして、再び、阿蘇の賢人塾に。
田端代表は僕にこう言ってくださった。

「俺は家族や仲間が大切だ」
「だから、熊本や日本のことが同じように大切なんだ」

個と全体はつながっている。
個人は個人として存在しているかもしれない。
だが、その足場には、地域があり、国家があり、地球がある。

だとしたら、「本当に」自分のことを大切にする
とはどういうことなのだろうか。

9月29日の夕方19時から21時まで、
そして、9月30日の10時半から17時半まで、
田端代表が沖縄で語ろうとしていること。

今この時代に生きる自分の役割は何か。
今この時代における沖縄の役割は何か。
今この時代における日本の役割は何か。


田端代表が、僕に最初に言ったこと。
それは、「身体を大切にせなあかんな」。

自分を大切にしながら、
他を同じように大切にすること。

自然体で生きること、
素顔をさらすこと、
自分を大切にすること、
自分のあるがままを重んじること、
現実をあるがまま受け取ること、
が、僕の今の課題のように思う。

11日に沖縄に戻るのが楽しみだ。
なぜなら仲間がいるから。
このブログを読んでくださっている皆さんがいるから。

今回の出逢いや学びを、
沖縄で広く共有していきたいと思う。
(どうやっていいのか、正直まだ見えていないのだけど・・・)

どうぞご期待ください。


追伸:
出張前後よりバランスを崩して、自分自身が混沌としている状態でした。
ご連絡がつきにくかった方もいらっしゃったかと思います。
ごめんなさい!そして、これからもよろしくお願いします。



2006.9.9.16:40
今津新之助  

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2006年09月07日

祝・初ブログ☆

個人的なブログを初めて書きます。まだまだ全然慣れていないので、見てくれた人も違和感のあることもあるでしょうが、これから少しずつ慣れていきたいと思います☆今日はお昼に食べた大好きな山芋鉄板の写真を添付します☆彡

  

2006年09月03日

いのちの学校〜放送部〜

しんのすけ@琉大です。
昨晩、普天間にあるコンピューターショップでいろいろ揃えさせて頂きました。

これから、講演会や自分たちの記録までしっかりDVDに焼いていきたいと思います。

  

2006年09月02日

ライトブレーンフレンズ

しんのすけ@琉大です。

今日は北部は屋我地島のスムイデビーチからお送りします。
午後から名護の21世紀に高木善之さんの講演会の打ち合わせをしに行きましたところ、
例のごとくライトブレーンズの福井きみえさんより、
有り難き「この後…」攻撃。

もちろん、と言うことできみえと愉快な仲間達に仲間入り。

愛楽園で働いているみえこさんや、美ら海のイルカのお姉さま、バネさん。
吉野介をはじめとする名桜大学のメンバーとも交流できたし、
ゴリさんの差し入れの車エビ(ゴリさんのお仕事です)は最高に旨かったです。
自分は最近マイブームのアカバナ(ハイビスカス)泡盛を差し入れするも車のためノンアルコールでした(;_;)

こんどは泊まりできたいです。

今から那覇市国場の事務所に帰ります。
道しるべは
月灯り
今日も走るよ
北へ南へ


  

2006年09月02日

森田の東京日記

東京にて、ギャザリング終了。ギャザリングとは、全国の熱い活動をしている団体が集結する場と考えていただきたい。その場で、研修やセミナー、プレゼン大会などを二泊三日で行う。
感想は、熱い。全国に共感できる活動がいっぱいあることがわかった。それだけでも自分にとっては大きな収穫で、この視点から「じゃあ自分はどうする」という考え方を持てた。
また各団体のプレゼンを見て、いのちの学校が本気でやったらトップだなと感じた。(他団体の方スイマセン)にしやん、ジョリさんは全国レベルです!
いのちの学校にも当てはまる?、他団体の課題を挙げてみます。
地方でやる意味、ここでなければいけない!という理由は?
計画・行動目標(誰が、いつ、何を)
地域性を生かすなら、地域の人たちとの話し合いが必要。
「いのちの学校」という名を出さない方が良いケースもある。
他団体を交えてのミーティング→バーチャルボードミーティング
複雑なプロジェクトで構成していると、コンセプトが見えなくなってしまう
 こんな感じです。

日本の未来は明るいぞ!日本縦断学校巡りも見えてきたぞ!

皆さん、ありがとうございました!
  

2006年09月01日

プロジェクト未来なは実行委員会

しんのすけ@琉大です。

今日3度目の更新でございます。

今度は「プロジェクト未来なは」という那覇の町を若者を中心に盛り上げて行こうというミーティングに参加して来ました。

いのちの学校の事務所も那覇市の国場にありますし、この地域の方とも一緒にやれたら楽しいなぁと感じました。

内容ですが、プロジェクト未来なはでは、面白いイベント盛りだくさんで
近くでは写メにもある
9月9日
 10日
夕方五時よりとまりん横で
那覇青年祭

また国際通りにてフォトコンテストなど企画しているそうです。

気になる方は
07054801308竹本までご連絡下さい。

  

Posted by 新之助 at 22:50Comments(0)TrackBack(0)

2006年09月01日

亀一郎師・沖縄復帰後を歩みし人

しんのすけ@琉大です。
今日は午後より上原亀一郎さんにお会いして来ました。

亀一郎さんは復帰前は糸満町町長として復帰後は県議として沖縄の政治と共に歩まれた方です。

また、自分とも意外な接点があり。亀一郎さんの高等師範学校(大学)時代に東京で住んでらっしゃった県人寮が「南燈寮」と言って自分の生まれ育った町、東京都狛江市(当時はまだ村だったようですが)にあって。同じ町で暮らしていたということもあり、さらに沢山のお話しを頂きました。

また、今後その半生を本にされるそうで原稿なども交えまたり、実際の町にも出ての生きた授業でした。

白銀堂や門中墓などで時折見せた、遠く時代の奥を見つめたような目は多くは語らない亀一郎さんを代弁していかのようで、これからも少しずつ沖縄の歴史を学ばねばとそんな気持ちにさせられました。


  

Posted by 新之助 at 17:42Comments(0)TrackBack(0)